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ほんばこ 第六回 「明治維新という過ち」



原田 伊織 著
毎日ワンズ 刊

 吉田松陰は、私塾「松下村塾」を通じて多くの人材を育てたとされている。
 その当時、大坂の医師・緒方洪庵が開いた私塾「適塾」とともに、「松下村塾」は幕末・明治時代に活躍した人材を輩出した教育機関として名が知られている。
 教育者として、名前が世に知られている吉田松陰が、実はテロリストの教祖であったとしている本が、この「明治維新という過ち」である。
 副題が「日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」とある。

 ”目から鱗だった”と薦めてくれた人がいたので、購入し、読んでみた。

 この筆者は、司馬遼太郎の学校の後輩とのことですが、「司馬遼太郎はしきりに『国民の創出』ということをいったが、それは見事に皇国史観を覆い隠す麗句の役割を果たした。」とバッサリ。
 生理的な反薩長史観をベースに幕末・明治以降を記述している特色がある。
 ベストセラーを報じている新聞広告での表現も過激である。
 曰く「天皇拉致を企て御所を砲撃し、京都中を焼き払った上に、東北では女・子供にまで極悪非道の限りを尽くした吉田松陰一派の長州テロリストがなぜ『勤王の志士』なのか」とか、
 「私たちは明治から昭和にかけての近代日本の軌跡というものを、維新の時点から一貫してなぞって振り返ってみるという作業を全く怠っているのである。
 それをきっちりやれば、吉田松陰が神格化されることも、司馬史観なるものによって坂本龍馬の虚像がはびこることもなかったはずである。」としている。
 著者の認識を簡潔に言えば、「水戸学」にかぶれた吉田松陰が、長州藩の教養もなく、狂気集団の下級武士をたきつけてテロリストとした。
 その長州テロリストが明治になって軍閥に変形し、昭和陸軍へと引き継がれていったという。
 また、幕末の動乱は、薩長が不平不満の貧乏公卿を巧みに利用して天皇を抱き込み、尊皇を看板に300年来の私怨と政権奪取の野心によって倒幕を果たした無頼の徒輩にすぎないという。

 物語としては面白いが、実証的な歴史家の理解を得ることは困難であろうと感じられた。
 特に「勝海舟という俄か御家人は、徳川慶喜と共に長州・薩摩に幕府を売った張本人である」との記述には、あきれてしまった。
  今は、故人となられたが、かって講談師・三代目旭堂南陵が大阪で「徳川家康をののしる会」なるものを主催されていた。
 会の主旨は、「日本の景気が悪いのも」、「阪神タイガーズが負けるのも」元をただせば、徳川家康が一番悪いという屁理屈で解説してしまう。
 大阪の住人には、一幅の清涼剤として受け入れられていた。
 この本も反薩長史観である人には、一幅の清涼剤であるが、一時のあだ花であろう。
 しかしながら、このような本がベストセラーとして本屋の棚に並べられ、それに対して自由に意見を述べることができる、現在の”この日本に生まれて、まあよかった”とつくづく思う。  





石山テクノ建設株式会社 顧問 坂本良高


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