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ほんばこ 第四回 「馬の世界史」


本村 凌二 著
中公文庫 刊

 著者は、歴史家で、西洋古代史特に古代ローマ史の研究者である。
 その著者が馬を中心にして世界史を見直してみようと決意して上梓されたのが、この『馬の世界史』である。

  日本史においても、馬は、主要な場面で脇役として登場している。
 源平合戦の鵯越では、義経が馬とともに一の谷を攻め下って勝利を得ているし、屋島での那須与一も馬上から扇を射落としている。
 戦国時代においても、織田信長の桶狭間の奇襲戦術も馬なしでは、不可能であろうと考えられる。
 また、上杉謙信が川中島で武田信玄に一太刀を浴びせることが出来たのも、馬あればこそである。
 長篠の合戦で武田騎馬軍団が壊滅したのは、歴史的な戦術転換のポイントであった。
 近代になっても日露戦争で秋山好古の騎兵隊とコサック騎兵隊の戦闘が司馬遼太郎の「坂の上の雲」では、活写されている。

 振り返れば、馬はほんの100年ほどまえまで、人間にとって最大の家畜であり、最良の友であり、最善の脇役であった。
 しかし、現代に住む我々は、もはやその事実をすっかり忘れている。
 非日常的な祭礼での騎馬姿であり、国家儀礼での馬車を見ることはあるが、日常的には競馬場以外で見かけることはないのが現状である。
 しかし、この本のプロローグで著者は、大胆な見解を開陳している。
 曰く、「もし馬がいなかったならば、21世紀もまだ古代にすぎなかったのではないだろうか。」と。
 馬に関して、歴史をさかのぼれば、馬は古代以前では食糧源でしかなかったし、家畜化されるのも牛・羊に比べれば早かったわけではない。
 しかしながら、馬を飼い慣らし利用するようになると、人間の世界は大きく広がっていった。
 馬は、荷車や戦車を引いたり、背上に人やものを乗せて運んだりしながら、ときには過酷な作業にも黙々と従事してきた。
 馬の速力と体力は人間の活動範囲をこの上なく拡大したのである。

 もし、馬や馬が引く戦車がなかったなら、はたして国家はどれほどの広がりをもっただろうか。
 いずれ大国家が生まれたにしろ、それには長大な時間を必要としたにちがいない。
 馬がいなければ、歴史はもっと緩やかに流れていただろう。
 馬によって、人間の精神や意識の底流に、まったく新しい観念が刻み込まれる。
 それは「速度」という観念であり、それを通じて世界の広がりを感知できるものであった。
 人類は、馬の特色である「速度」と「体力」を活用することで、正確な情報の伝達が急速になり、人間や物品が多量に速く運搬され、戦車や騎馬の戦術は軍事力を大きく変化させた。
 それは国家や社会のあり方そのものにも重大な転換をもたらしたとしている。

 馬についての基礎知識のない私にとっては、馬を世界史の中心に据えての歴史観は、とても新鮮であった。
 特に、南アメリカ大陸の文明が滅亡した原因の一つとして、馬をあげている。
 アメリカ大陸では、ウマ科動物の化石の宝庫と言われるほど、これらの種が多く棲息していたが少なくとも八千年前には、気候や環境の急激な変化によって絶滅していることが証明されている。
 ところが、1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、その後スペイン人による植民活動の際、馬を持ち込んだ。
 馬は、戦力の差異をきわだたせ、馬を知らなかったインディオたちは瞬く間に滅亡の淵に追い込まれてしまったとしている。
 イギリスで起こった産業革命により蒸気機関が動力源なり、内燃機関が発明されると馬の速度と動力源としての地位は、徐々に後退していくことになる。
 その後も人類は、速度と馬力の向上に邁進しているように思える。
 鉄道で言えば、蒸気機関車から電動機関車や内燃機関車と変化し、その速度の発展系として新幹線が位置づけられる。
 その近未来には、リニヤー新幹線へと引き継がれていくことになる。

 人類にとって、馬から始まったとされる「速度」へのあくなき挑戦のDNAは、まだまだ健在のようである。



石山テクノ建設株式会社 顧問 坂本良高


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