新島襄旧邸は1871(明治11)年に建設された新島襄の私邸で、京都御所の東に位置す
る和洋折衷の木造二階建て住宅です。(京都市上京区寺町通丸太町上る松蔭町) 1991年7月に財団法人建築研究協会が、学校法人同志社の研究委託を受け、京都市 指定文化財新島襄旧邸の解体修理工事事業の一環として、同建物2階の木造床梁の構造 補強法に関する研究を行いました。 これは、既存梁に炭素繊維を貼付け補強し、その力学的挙動ならびに耐力を構造実験 により検討したものです。 実験の実施ならびに解析は、京都大学工学部建築系教室・金多潔教授が担当し、1991 年7月29日〜同年9月27日の期間に現場施工まで行われ、1992年4月に報告書が出 されました。 入手した資料に基づきこの実験の概要をお知らせいたします。木造住宅の樹脂を用い た補強例として参考になれば幸いです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1. 本建物の構造と問題点 「新島襄旧邸の2階の木造床には、伝統的な和風の構法と異なり、米国の開拓時代 から用いられた、風船構造(balloon structure)に類似した構法が採用されてる」 と、同報告書には述べられています。 これは下記の特徴があります。 @ 根太、大引は用いられていない。 A 天井・床板を大梁に釘打ちし、2階の床面全体を箱状に組んでいる。 B 2階の大梁は胴差しにホゾ入れされているが、胴差しは2枚割りとして通し柱に釘 打ちしている。 これらは、複雑な形状のホゾを用いることなく、断面の小さい規格材と薄板を、釘だ けを使って組立てていることなど、今日の“ツーバイフォー工法”と共通点が多い、と 言われています。 本建物は、柱と屋根小屋組構造は伝統的な和風構造とし、2階床に風船構造の手法を 採用した擬洋式建築となっているらしく、しかし、 @ 構造材には通常用いられない樅(モミ)材を使用。 A 部材には割れや節など欠点が多い。 B スパンの割に断面が小さい。(最大スパン約5mに対し、使用断面は幅2寸・成8寸・ 梁間隔2尺)などの理由で大梁の耐力及び剛性が不足しており、人が歩行する際の 床の振動が大きいことが指摘されていました。 以上の観点から床の剛性改善を主目的として、炭素繊維板による木造梁の構造補強 について検討されたものです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2. 実験方法 @ 木造梁試験体の形状・寸法は下図1の通りです。(旧材・新材) 木造梁試験体断面寸法 (単位 : mm)
A 炭素繊維補強板(CF板) ・ トレカクロスC06603BL(東レ織物品番) ・ 使用硬化液:熱硬化性ビスフェノール系エポキシ樹脂 ・ 積層数:一方向に5プライ ・ 形状寸法は下図2の通りです。
B 接着剤 木材とCF板との接着には下記の接着剤が用いられました。 ・ 使用材料:エポキシ樹脂系接着剤 ショーボンドKS-1(主剤・硬化剤2液 混合タイプ)硬化時間60分/養生温度30℃ 木造梁とCF板の貼付けは イ)木ねじ止め――千鳥止め 図3a ロ)木ねじ止め――全ねじ止め 図3b ハ)木ねじ止め+エポキシ樹脂接着併用 図3b CF板補強試験体の詳細 (NEW-B2:全面打ち) C 載荷方法は下図4の通りです。 解析方法は、「炭素繊維板補強による梁の曲げ剛性EIの変化を把握」する観点 から、弾性範囲での単調載荷試験が用いられました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3.実験結果 3-1荷重〜中央たわみ関係 CF板補強により梁の曲げ剛性が約70%向上しました。補強により剛性は改善さ れました。 3-2曲げ剛性の比較 実験で得られた、各試験片の曲げ剛性の実測値。 イ) (新材)無補強の平均値:11.6×105cm4 ロ) (新材)CF補強の平均値:20.3×105cm4 補強比20.3/11.6=1.75 ハ) (旧材)無補強の平均値:13.7×105cm4 ニ) (旧材)CF補強の平均値:20.6×105cm4 補強比20.6/13.7=1.50 3-3最大耐力 CF板による補強材と無補強材の終局までの荷重〜中央たわみ関係では、無補強 の新材の終局耐力は約6.7tonであるのに対し、補強材のそれは約10.6 tonで、約 60%の向上が認められました。 3-4補強によるたわみの変化について 実験で得られたEIの実測値(梁2連当り)は下記の通りです。 イ) 補強前 たわみより求めた場合 8.1〜11.0×105tcm2 曲率 10.9〜13.7×105tcm2 ロ) 補強後 たわみより求めた場合 12.3〜17.0×105tcm2 曲率 19.2〜22.2×105tcm2 以上により構造設計用のEIは安全側を評価するため、たわみから求めた値を参考 に次の値が採用されました。 ・無補強の梁 10.0×105tcm2 ・補強後の梁 15.0×105tcm2 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4.木造梁のたわみの検討 無補強時においては設計荷重時で木構造基準のたわみ制限を約46%超過してい ましたが、炭素繊維板(CF板)で補強することにより同基準を満足し得るように なりました。 計算書(省略) ・無補強時 δ=2.44cm>L/300=1.67 NG ・補強時 δ=1.63cm<L/300=1.67 OK | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
参考文献) 「(学)同志社 新島襄旧邸 炭素繊維による木造床の構造補強について」〔京都大学 工学部建築系教室 教授工学博士 金多 潔・助手工学博士 西澤 英和/(財)建築 研究協会1992年4月〕 |