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ほんばこ 第三回 「古文書返却の旅―戦後史学史の一駒」


網野 善彦 著
中公新書 刊

 この本を本屋で手にしたのは、著者である網野氏の書籍を以前読んだことがあるためだと思うが、「古文書」が書名にあることも一因であった。

 各地の郷土歴史資料館に展示している歴史的文字資料も適切な説明文が添えられている時はよいが、手紙を装丁した掛け軸や古文書が解説なしに展示されている場合、多少なりとも古文書を読み解くことができれば、今以上に歴史に寄り添えることができるのではと思っている。
 何度か、古文書講座に通ってみたが、なかなか古文書解読のスキルが向上しないこともあって、本の背に古文書とあると手に取ってしまう。
 奥書を見ると発行が1999年だから、すでに四半世紀前の本である。
 著者は、2004年に76歳で物故されているから、70歳前後で書かれたことになる。
 本の内容は、1950年代に行われた古文書の調査・整理事業の実態と、1980年代以降のその後始末の経緯を淡々と辿った私的な回想録である。
 しかし、古文書伝来の実態、その調査・整理の仕事の実情を知るには、非常に参考になる書籍であった。

 私達が知っている歴史知識の習得は、まずは学校の教科書で歴史のアウトライン的なものを知った後、大多数の人は専門に歴史の研究をしたりはしないので、司馬遼太郎などの歴史小説やドラマ等で歴史に関心を持つことに始まる。
 しかし、教科書や専門の歴史書を著作する歴史家たちは、第一次資料である各時代の古文書等を収集・検索し、古文書に記された生活の中の小さな事実を繋ぎ合わせたり、積上げたりして歴史的事実を獲得している。その実態をこの小さな書籍は、リアリティーを持って知らせてくれた。
  以前読んだ民俗学者・宮本常一氏の名著『忘れられた日本人』の中で、対馬のある村で保存されている古文書を見せて頂くのに、その村の長老全員の了解がないと古文書の入っている木箱を開けることができない取り決めなので、長老たちが集まって協議が整うまで、数日間待たされたと記述していて、その時は、日本の中にはそんな特殊な集落もあるのだろうと読み過ごしていた。
 今回、この本の中に佐渡ケ島の相川町の姫津で漁業組合を訪れた際、「区有文書(地区が所有している古文書のこと)は帳箱という箱に大切に保存されており、年寄衆の全員の立会いがなければ開けられないとのことで、われわれ三人はしばらくそこで待つことになった。」とあり、あの対馬のことは特殊なことではなく、古文書が現在まで保存されている日本の多くの地域で同様の決まりごとがあり、各集落の共同の財産として集落の歴史が古文書というタイムカプセルの中に保持されているのだと認識させられた。
 別の見方をすれば、日本には地震や台風等の自然災害が多く、長い歴史の間には集落が戦災や火災に会うことも想定されるが、中世からの古文書が現在も保存されていることは、奇跡に近いことではないかと思われる。 しかしながら、少子高齢化が進んでいる今の時代は、「限界集落」という言葉が、新聞紙上でよく見かけるように「集落」そのものが消滅しているということは、長く継続されてきた集落の中に保管されている古文書類も歴史のかなたに姿を消してしまうことである。
 限界集落が全国的に沢山発生していることは、未来の住民がいなくなるだけでなく、過去の集落で営まれていた生活の歴史資料などが古文書と共に失われてしまうことであり、現在の集落の多くは、歴史の証人としての古文書類を保存する力が無くなりつつあることでもある。

 歴史の一部が当世風の言葉で言えば、「断捨離」されているのは、まさに現代社会の姿を後世の人々からどのように評価されることになるのか。
 現代社会が抱えている重い課題の一つである。




石山テクノ建設株式会社 顧問 坂本良高


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