南海トラフ地震での甚大な被害想定
南海トラフ地震の発生がいつかを特定することは困難ですが、周期的に必ず起こる大地震であり、発生時期が近付いています。
地震規模は未曽有の地震災害である東日本大震災を招いた2011年東北地方太平洋沖地震と同じM9の巨大地震が想定され、西日本の広範囲に渡り壊滅的な被害を招く大震災が待ち構えています。
【図1】想定震源域内(科学的に想定される最大規模の南海トラフ地震の想定震源域(中央防災会議、2013))のプレート境界部(図中赤枠部)と監視領域(想定震源域内および想定震源域の海溝軸外側50km程度:図中黄枠部)(出典:気象庁ホームページ)
この出典の気象庁ホームページ「南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表条件」のページの最後に、
○地震発生の可能性が相対的に高まったと評価した場合でも南海トラフ地震が発生しないこともあります。
・・・と述べられている様に、「現在の科学的知見からは(地震直前の)確度の高い予想(=予知)は難しい」のが実情です。
○南海トラフ沿いで異常な現象が観測されず、本情報の発表がないまま、突発的に南海トラフ地震が発生することもあります。
○南海トラフ地震の切迫性は高い状態にあり、いつ地震が発生してもおかしくないことに留意が必要です。
・・・と述べられており、直下型地震と同様に、いきなり大地震に襲われることを覚悟しておく必要が有ります。
内閣府防災情報のページで、南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループにて、当面取り組むべき対策等をとりまとめた中間報告が掲載されています。
被害想定が最大になる「陸側ケース」での被害想定の概要は以下になります。
(令和元年6月の再計算資料より)
【図2】陸側ケースの震度分布(出典:内閣府防災情報のページ)
東海・近畿・中国・四国・九州の広い範囲で、震度6弱以上の強い地震により、全人口の半分ほどが被災します。
【図3】陸側ケースの震度分布(出典:内閣府防災情報のページ)
淡路島北部を震源とする兵庫県南部地震により震源から離れた神戸市街地で震度7を記録し甚大な被害(阪神・淡路大震災)が発生しました。【図4】出典:「地震本部」パンフレット活断層の地震に備えるより引用
南海トラフ地震では、広範囲で生じる激しい揺れにより、西日本各地の都市部で多数の全壊焼失建物が発生します。
最大級の地震が起きた場合、最大、死者:23万1千人、全壊・焼失208万4千棟、経済被害:213兆7千億円(GDPの約4割・国家予算の約2倍ほど)と想定され、社会インフラ被害も甚大で、上水道の断水3570万人、下水道の利用困難3,460万人、停電:2,930万軒、固定電話不通:580万回線、都市ガス供給停止:180万戸に及び、避難者は断水の影響を受けて1週間後に最大で約880万人が発生し、避難所への避難者は1週間後に最大で約460万人と想定されます。
【写真1】(出典:神戸市 阪神・淡路大震災「1.17」の記録)
公共交通機関が全域的に停止した場合、約1,070万人が外出先に足止めされ、当日中の帰宅困難者は約420万人に上ると想定されます。
【写真2】(出典:神戸市 阪神・淡路大震災「1.17」の記録)
現代社会における都市圏での問題点は、大規模な地震で、社会インフラが損傷し通信や移動が妨げられ、遠距離通勤による帰宅困難者が発生し、家屋の密集が大規模火災を招き、多くの人々が避難生活を強いられ日常生活が一気に破壊されることにあります。
2018年6月8日朝日新聞1面より引用
地震や津波+経済低迷20年(土木学会推計)
「南海トラフ地震」後の経済被害額は最悪の場合、20年間で1,240兆円とする推計を土木学会が7日公表した。直接の被害と合わせると1,410兆円になる。建物の耐震化や道路整備などの対策によって被害額は4割程度減らせるとして、今後15年程度で完成させるよう提言している。・・・
記事の最後に「日本が最貧国の一つになりかねない」とのコメントが有りましたが、1965年11月19日に佐藤栄作内閣が戦後初の赤字国債発行を閣議決定して以降、58年間に延々積み上がった国の借金が、2022年度末で1,270兆円にもなっています。
はたして「南海トラフ地震」後に、更に20年間で1,240兆円もの借金が出来うるでしょうか?
【図6】日本の普通国債残高の推移(出典:財務省ウェブサイト)
安心の要の「自助・共助」
今後も人口減少と少子高齢化が進み、数十年先では更に消防や救急に携わる公務員も減少し、公助には限界が有る中では、自助・共助の取り組みが益々重要になっていきます。
【図7】総人口の推移 ―出生中位・高位・低位(死亡中位)推計
出典:国立社会保障・人口問題研究所 日本の将来推計人口(令和5年推計)
平成26年版 防災白書|大規模広域災害と自助・共助の重要性で、首都直下地震や南海トラフ地震のような大規模広域災害が発生した直後には、状況にあわせて適切な避難行動を行う等自分自身の命や身の安全を守るとともに(自助)、隣近所で協力して生き埋めになった人の救出活動を行ったり、子供や要配慮者の避難誘導を行う等地域コミュニティでの相互の助け合い等(共助)が重要になってくる。・・・と述べられています。
災害時に命を守る一人ひとりの防災対策(政府広報オンライン)
自ら取り組む「自助」、地域で取り組む「共助」、行政が取り組む「公助」の3つの連携が重要で、一般的に災害時の助けとなる割合は、自助=70%、共助=20%、公助=10%といわれています。災害の規模が大きくなればなるほど、行政による対応が困難になっていきますので、自助と共助の重要性が高まります。
自助・共助の情報は、各地方自治体の「防災ポータルサイト」で公開されていますので、ぜひご確認ください。
ご参考:京都市防災ポータルサイト
震災復旧を困難にする深刻な労働力不足
「国土交通省ウェブサイト」の国土交通白書 2023で、
建設産業は、社会資本の整備を支える不可欠の存在であり、都市再生や地方創生など、我が国の活力ある未来を築く上で大きな役割を果たすとともに、震災復興、防災・減災、老朽化対策など「地域の守り手」としても極めて重要な役割を担っている。
・・・と述べられている様に、生活の根幹を支えるエッセンシャルワークとしての建設業でも、労働力の高齢化と共に労働力不足が今後も進んでいきます。
【図8】建設投資、許可業者数及び就業者数の推移
出典・国土交通省「最近の建設業を巡る状況について
平成27年以降は、建築物リフォーム・リニューアルが追加されています。今後リフォーム・リニューアルが必要な建物は増え続けますが、建設業の就業者は高齢化と労働力不足が進んで行くことになります。
中小企業は、日本の全企業数のうち99.7%を占め、私たちの生活に密着した財やサービスの提供を行っていますが、建設業の労働力不足は他業種よりも高いのが実情です。
下記のグラフは、労働力不足の中小企業が年を追うごとに増加している様子がよく分かります。(2020年はグラフが上向きですが、コロナ禍で産業全体が停滞した影響が表れています。)
【図9】業種別に見た、従業員数過不足DI の推移
出典:中小企業庁 令和4年度(2022 年度)の中小企業の動向
最大震度6弱を記録した大阪府北部地震では、住宅被害の殆どを「一部損壊」が占めましたが、「一部損壊」では、国の被災者生活再建支援法では支援の対象外です。あとは市の補助制度に頼るしかありません。
一部損壊を中心に住宅被害が6万5千件を超え、屋根修理を請け負う業者が減り1年を経ってもブルーシートで屋根を覆った住宅が目立ちました。
巨大地震により、広範囲に生じた未曽有の膨大な数の損傷した住宅の震災復旧に、どれほどの労力と時間と費用が必要になるでしょうか?
【写真3】(出典:神戸市 阪神・淡路大震災「1.17」の記録)
朝日新聞2017年11月27日(月)の記事で、南海トラフ巨大地震で、桁違いの戸数の仮設住宅が必要なことが述べられていました。
南海トラフ仮設205万戸必要
国の最大試算東日本の16倍超
以下記事の一部を抜粋・・・
「南海トラフ巨大地震」が発生した場合、被災者のための仮設住宅が最大で205万戸必要になることが内閣府のまとめで分かった。東日本大震災の16倍超えの規模で、円滑な提供ができない可能性がある。国は、個人が所有する空き家の活用や被災住宅の修理など、「受け皿」の拡充を促進したい考えだ。・・抜粋終わり
広範囲に被害が及ぶ「南海トラフ巨大地震」では、仮設住宅の設置、被災住宅の修理が相当の期間滞ると考えられますので、被災された方の住まいの確保ができるまでの避難所での生活が、長期間に渡る可能性が高いと考えられます。
地震に備える事前対策として、住宅の防災・減災、老朽化対策は、自ら取り組む重要な「自助」と言えます。
安全の要の「耐震化」
津浪からの迅速な避難や建物耐震化により、最悪ケースの死者は6万1千人に減らせると内閣府は減災対策を進めるよう呼び掛けています。
建物を耐震化することで、全壊や倒壊を防ぎ、人の命を守ることに繋がります。(耐震化とは、旧耐震基準の建物を耐震診断した結果、耐震性が不足している場合に耐震改修工事を行うことで、現行法の耐震基準の建物と同等の耐震性を確保することが出来ます)
耐震化率100%を達成しても、建物の全壊や倒壊が無くならないことは、建物の耐震性に対して現実的な見解と言えますが、阪神淡路大震災での住宅全壊104、906棟、東日本大震災での約129,000棟の被害から見て、「南海トラフ地震」の地震の全壊・焼失2,084,000棟の被害予測がいかに大きいかが分かります。
火災による被害の拡大
近年の大規模な地震発生時においては、電気に起因する火災が多く発生しています。
地震に伴い、大規模かつ長時間に及ぶ停電が発生しており、停電からの復旧後の再通電時に出火する、いわゆる「通電火災」の発生が懸念されます。
【写真4】(出典:神戸市 阪神・淡路大震災「1.17」の記録)
内閣府防災情報のページの阪神・淡路大震災教訓情報資料集で、出火原因の判明した火災において、最も多かったのは電気機器等の関連する火災であり、次いで、ガス・油等燃焼機器関係などであった。
電気火災の多くは、避難中の留守宅などで送電回復に伴う火災が初期消火されずに発生したものとの指摘があり、避難時の電気ブレーカー遮断の必要性等が指摘された・・と述べられています。
又、2011年3月11日に発生した東日本大震災における本震の揺れによる火災では、原因の特定されたもののうち過半数が電気に起因したものでした。
地震時の電気火災には、感震ブレーカーが効果的です。
感震ブレーカーは、地震時に設定以上の揺れを感知した時に電気を自動的に止める器具です。感震ブレーカーの設置は、不在時やブレーカーを落として避難する余裕がない場合に電気火災を防止する有効な手段です。(出典:内閣府防災情報のページ:大規模地震時の電気火災の発生抑制に関する検討会)
建築基準法が想定する耐震性
大地震による被害ごとに、耐震・耐風に対する基準が改定されてきました。
新耐震基準では、それまで無かった大地震に対する基準が設けられました。
現在の基準法の建造物が地震力に耐える仕組みは、中規模の地震と大規模の地震に対する2段階になります。
現行の耐震設計法では、水平方向に働く力(地震力=地震層せん断力)に対して、中規模地震ではほとんど損傷は生じず元の状態に戻り、大規模地震では元の状態には戻れない損傷を伴った変形を生じながら、急激に破壊されすに粘りで耐えます。
しかし、平成28年(2016 年)熊本地震における 建築物被害 の 原因分析 を行う 委員会報告書で、・・・建築基準法令は、建築物の建築物の構造等に関する構造等に関する最低 の基準を定めたものであり今回の熊本地震のような大地震に際し構造部材や非構造部材等において損傷が生じないことや、被災後に継続して使用できることまでを要求しているものではない。
・・・と述べられている様に、建物が地震により痛むことが前提となっている現在の基準法は、継続使用の概念が無いことと、1度の大地震に対する基準であるため、繰り返し起こる大地震で損傷が拡大し、倒壊に至る危険性を有するものと認識しておく必要が有ります。
その為、現行法の耐震基準が想定する地震規模を遥かに超える揺れに襲われ、更に強い余震が幾度も発生する大都市直下型、海溝型巨大地震が切迫している現在では、人の命を守ると共に、街を、社会を守るためには、建物が倒壊しないことが最も重要です。
新耐震基準の建物だから、どんな大地震でも大丈夫と言うことでは決してありません。
基準法の地震力と現実世界の地震力
地下の活断層やプレート境界の岩盤が急激にずれて揺れ(地震波)が発生し周囲に伝わっていきます。
やがて、地震波が地表に伝わって人や建物を揺らします。
建物が生じる変形や歪みに耐えきれなくなり、損傷や倒壊を発生させます。
これらの現象は、震源断層からの地震エネルギーが建物に伝わることで生じます。
現行の耐震設計法では、水平方向に働く力で耐震設計が行われますが、地震の揺れで人や建物に変形が生じるのは、仮定の力の慣性力で押されているのではなく、慣性の法則で元の位置に留まろうとする建物が地面の移動に伴い、地面に接している部分が移動し上部が常に元の位置に留まろうとすることで変形が生じます。
現実世界の地震では、建物は一方向の水平な力により変形するのではなく、上下左右の振動に更に回転やねじれを伴う激しい振動が生じます。
車やバスに乗って山道の凸凹道を走っている状況を想像すれば、建物がどのように揺れているかが理解できます。
構造物の多くの形状において、ねじ(捩)れ振動による構造物の応答の大きさは,並進振動によるものと同程度かそれよりも大きいことがある。
地震作用のねじれの影響は、重心と剛心との間の偏心,主に並進とねじれ振動との連成による動的増幅,他の層の偏心の影響,計算上の偏心の精度の低さ及び地震動の回転成分である。
断層の近傍では、鉛直方向のピークが水平方向より大きいことがある。・・・
と、「JISA3306:2020 建築構造物の設計の基本」で述べられているように、現実世界の地震では、建物に生じる損傷に対して併進運動以外に回転やねじれの影響が大きいことが分かります。更に断層付近では凄まじい縦揺れによる被害が発生しています。
柱・梁などの骨組みや架構を構成する部材(構造部材)が、地震動により併進運動・回転・ねじれによる変形で損傷し、損傷が拡大すると破壊に至ることになります。
耐震補強の重要性
阪神淡路大震災の建物の被災度の分布状況を、「阪神・淡路大震災25年 災害デジタルアーカイブ」構成被災度別建物分布状況図デジタルマップで詳細に確認することが出来ます。
【図13】出典:阪神・淡路大震災25年 災害デジタルアーカイブ「構成被災度別建物分布状況図デジタルマップ」
※以下の【図14,15,16】の出典は同上です。
この調査図には、木造・鉄骨造・鉄筋コンクリート造が含まれています。
三ノ宮駅周辺とJR鷹取駅周辺は以下になります。
三ノ宮駅近郊のビルや住宅で、ランクC ・ランクB・ ランクA・無被害 が混在していることがわかります。
JR 鷹取駅近郊は住宅密集地で、ランクCが集中している個所を含めて、ランクC ・ランクB・ ランクA・無被害 が混在していることが分かります。
ランクCに外観上無被害の建物が隣接している状況から、大地震では、建物の耐震性能の差が被災度の違いに、如何に影響が大きいかが分かります。
倒壊しないために必要な条件
全ての構造物は大きく基礎構造と上部構造からなり、押し潰そうとする外力として加わる重力の作用に柱が抵抗して、押し潰されずに構造物の高さを保持しています。
地震で、柱が大きく傾いたり破壊すると、高さを保持し続けることが出来なくなり、重力の作用で倒壊に至ります。
建築基準法令は、倒壊に至らない耐力を確保するすることを目標としていますが、建築物の構造等に関する構造等に関する最低の基準を定めたものであり、大地震に際し構造部材や非構造部材等において損傷が生じないことや、被災後に継続して使用できることまでを要求しているものではありません。
しかし、構造物が壊れるもので造られている限りは必ず限界が有り、建物の終局限界状態として「建物の崩壊・倒壊」にまで至ってしまう可能性が有ることを認識しておく必要が有ります。
構造物の部材に生じる損傷は、地震エネルギーが振動として建物に伝わって、部材の変形によって生じるひずみエネルギーで部材の一部が非弾性力に変る仕事(=損傷)をして、元の状態に戻れなくなる塑性ひずみを残すことです。
ひずみエネルギーは柱や梁部材に生じる内力(軸力・曲げモーメント・せん断力)の仕事で、部材に損傷が生じない弾性域ではひずみがゼロの元の状態に戻りますが、部材が損傷し塑性化するとひずみが残り元には戻れなくなります。更に損傷が大きくなり柱の崩壊に至ると、重力の作用で倒壊という現象が生じることになります。
耐震補強の目的は、地震エネルギーがひずみエネルギーに変化する量を抑えて構造物の損傷を低減することです。
構造物の損傷を低減する方法
「耐震補強の方法」
① 強度を増大させる方法
② 靱性(粘り強さ)を向上させる方法
③ 偏心率、剛性率を改善し、建物全体のバランスを改善する方法
④建物の重量を軽減する方法
「建物に加わる地震力を低減する方法」
⑤免震または制振で地震力を低減する方法
・・・次ページでは、なぜ、どのようにして構造物は大地震で壊れるのか、どのような耐震補強が必要なのかを、RC造と木造でご案内します。
次ページ
「迫り来る震度7」その8 大地震で建物が壊れる原因と対策(RC造編)
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ご参考ページ
「迫り来る震度7」その6 南海トラフ地震前に関西で直下型大地震の可能性は?
「迫り来る震度7」その7 南海トラフ地震による西日本大震災に備えるための耐震補強の重要性
「迫り来る震度7」その8 大地震で建物が壊れる原因と対策(RC造編)
「迫り来る震度7」その9 大地震で建物が壊れる原因と対策(木造編)①
「迫り来る震度7」その10 大地震で建物が壊れる原因と対策(木造編)②
「迫り来る震度7」その11 大地震で建物が壊れる原因と対策(木造編)③
「迫り来る震度7」その12 大地震で建物が壊れる原因と対策(木造編)④京くみひもと縄がらみ技法で古民家を強くする
「迫り来る震度7」その13 擁壁が壊れる原因と対策①その擁壁は大丈夫ですか?